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SOSの猿(伊坂幸太郎)

元上司に薦められてからずぶずぶと伊坂幸太郎の沼に嵌り始めて早二年。

SOSの猿 (中公文庫)

SOSの猿 (中公文庫)

細々と読み続けて来た中で、特に印象に残ったフレーズはこちら。

「体に気をつけるんだよ」と言った母の声に、私は一瞬だけではあるが、子供に戻る。


「あのさ、聞きたいんだけれど」
「何?」
「イタリアにまで行かせた息子がこんな感じで、どういう気分?」
「こんな感じって、どういう感じよ。気分はいいわよ」
「だって、留学してきたっていうのに、絵を描くでもなくさ」


「いいんだよ、何だって。健康で生きてくれれば」と彼女は言い、「別に、絵描きで大成してほしくて、留学させたわけじゃないんだから」と笑う。
「あ、そうなんだ?」
「そりゃそうだよ。何でもいいんだよ。いろいろやってみるのが人生だし、親なんてのはさ、子供が夢中で何かをやっていれば、それだけで嬉しくなるものでさ」
「そういうものかな」


「それに二郎はさ、誰かのせいにしたことがないだろ」と私を指差した。
「誰かのせい?」
「俺の人生がこんなことになったのは、誰それのせいだ!とかね、そういうこと言うんだったらわたしもがっかりだけど」
「まあ、不満はないからね」
「それが一番だよ」母は目を細め、心底、幸福そうな笑みを浮かべるものだから、私も気持ちが楽になる。


複雑な思いのまま玄関へ向かう。「でもさ、いつか絵、描いたら見せてね」と後ろから母の声が追いかけてきた。
「絵の何たるかも知らないくせに」
「わたし、二郎の絵、好きだから」

なんで印象に残ったのかっていうと、母親の立場でも、子供の立場でも、これを心底理解できるようになったからなんだと思う。


ツーソンに来る前、仕事を辞める決断がなかなか出来ず、母親に泣きながら電話をした。仕事を辞めた後、また仕事に就けるか分からないと言う私に、母は、一生懸命工夫しながら頑張ってたら誰かが拾ってくれるみたいな主旨のことを話して、背中を押してくれた。「大学院まで行かせてもらったのに、こんなにあっさり辞めることになってごめん」と言えば「親は、子供が元気でいてくれたらそれだけで満足なんやから」と励ましてくれた。


その一方で、渡米前に一度だけ釘を刺されたこともある。渡米に対する愚痴をもらした時に、「自分で選んだんやから、誰かのせいにしたらあかん」というようなことを言われた。祖母が一人で自分や弟(私の叔父)を育ててくれたこと、それでも、離縁した祖父のことや自分たちのことを一回も悪く言わなかったこと、そういうことを今までにないぐらい真剣に伝えてくれた。


初め、このフレーズを読んだとき、後ろめたさからどきっとした。誰かのせいにしたか?してるつもりはない。でも一つも愚痴を言っていないと言えば嘘になる。渡米して、楽しいこともあれば、しんどいこともあって、仕事を辞めなければ、と思ったことも数えきれないぐらいある。


自分で選んだのはその通りだし、それを誰かのせいにするつもりもないけれど、たまに全部投げ出して、誰かに押し付けたくなるのも事実。難しい。


一方で、娘を出産したからこそ、この小説の母親が言ったこと、自分の母親が言ったことが、心の底から理解できるようになった。出世して欲しいから、何かで大成して欲しいから、子供を生み育てるわけじゃない。それは、自分で経験して初めて得た視点だった。


ああ、生きるって楽しいなぁ毎日充実してるなぁ。
自分の娘がどういう風にあってほしいかって考えると、こんな風に日々楽しそうに生きてくれたらそれだけで満たされるような気がする。私と旦那が勝手にこの世に産み落とした人生を、楽しんで過ごしてくれたら。


そう思って自分を顧みると、そこまで仕事、キャリアと思い詰めることもなく、気楽に過ごせばいいのかもな、という結論に達するときもあります。