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てるてるあした

てるてるあした (幻冬舎文庫)

てるてるあした (幻冬舎文庫)

 

子供を産んだ母親がみんな、聖母マリアになれるわけじゃない。配偶者が出産した男の皆がみんな、自動的に<理想の父親>になれるわけでも断じてない。

きっと今の私みたいに、心が狭くて利己的でコンプレックスの塊で感情的でややこしい人間が、ただずるずると歳ばかり喰い、そして父親になったり母親になったりするのだ。

そうして、言っちゃいけないこととか、すごく適当なこととかをぺろっと言ったりする。あまつさえ、さっさと忘れる。子供の心に五寸釘を打ち込んでおきながら。無責任極まりないとはこのことだ。

本はいいよ。特に、どうしようもなく哀しくて泣きたくなったようなとき、本の中で登場人物の誰かが泣いてたりすると、ほっとするんだ。ああ、ここにも哀しみを抱えた人がいるってね。誰かが死んだとか、男に振られたとか、人生に絶望したとか、登場人物がどんなことに悩もうと関係ない。ああ、ここにも泣いている人がいると、単純にほっとするんだ。

 

 主人公の女の子が、母親になりきれてない自由奔放な母親に振り回される話(という側面もある)。この親子がとっても大事にしている人が死んでしまって、母親の方が自暴自棄になってしまった時に、主人公が言う台詞が痛々しい。

「哀しいこと言わないでよ。私がいるじゃないの。私がママになってあげる。ママの、ママになってあげる。そうしてたくさん、愛してあげる。私を丸ごと、全部あげる。いらないって言ってもあげる。だからそんな哀しいこと言わないでよ、ママ」

本当なら、この台詞はお母さんのものであるべきなのに。

 

その一方で、この子供にとっては、こうやって母親の母親になること、母親に必要とされて、愛情を注いであげることが一番の幸せなんだろう。

 

前に読んだドロシーの本に書いていたけど、子供というのは一番、親に甘くて親を許してくれる存在だそうで。つまり、どんな腐った親でも、子供は親ってだけで大抵のことは許してくれるし、受け入れてくれるってことですよね。

 

痛々しい気持ち半分、ハッピーエンドなのかなという納得の気持ち半分の本でした。