幼児教育の経済学

幼児教育の経済学

幼児教育の経済学

 

6歳までの幼児教育(特に非認知的スキル)が、将来の学力、収入や犯罪率、本人の健康までに大きな影響を及ぼし、公共政策の費用対効果の面からも、最も効率的かつ効果的だという主張の本。

それに対して、異なる分野の専門家10名が批評を行い、それをふまえて、筆者が最後のとりまとめを書いています。ノーベル賞経済学者の筆者に対して忌憚のないコメント・批評を行い、更にそれに対して筆者自身も真っ向からコメント・反論をしているというのが、いかにもアメリカらしい本の構成で面白い 。

 

大半の社会政策を悩ます公平性と効率性とのトレードオフがほぼ存在せず、介入を実施するための税金徴収に多少の死荷重があるものの、損失は利益を上回らない。幼少期の介入は経済的効率性を促進し、生涯にわたる不平等を提言する。恵まれない環境で幼少期にきちんとした基礎的なスキルを育成しないままに思春期になってしまうと、状況を改善しようとする介入は公平性と効率性のトレードオフに直面してしまう。そして、思春期の介入は、経済的効率性の点から正当化するのが困難であり、一般に収益率が低い。それとは対照的に、幼少期に投資を集中し、その後の投資でフォローアップすれば、公平性と効率性の両方を達成できるのだ。

相関関係を因果関係と混同しないことが重要だ。家族にもっと金を与えることは、恵まれない子供の環境の質を向上させることと同義ではない。(中略) たんに貧困家庭に金を与えるだけでは、世代間の社会的流動性を促進できない。(中略)貴重なのは金ではなく、愛情と子育ての力なのだ。

 

以下が専門家からの批評+メモ。

ヘックマンをはじめ数多くの人が、認知的スキルと非認知的スキルとを区別しており、この区別はある意味で有益だが、私たちを惑わせる部分もある。「ハード」なスキルとされる認知的スキルは、読み書きや数学の基礎知識から特定の職業の問題解決テクニックにいたるすべてを含む。「ソフト」なスキルとされる非認知的スキルは、責任感や忍耐力といった性格特性だけでなく、他者と共同する能力などの対人関係感覚も含む。(中略)複雑なスキルを分割することは、教育に悲惨な結果をもたらしうる。たとえば、子供のためのプログラムがソフト・スキルに重点をおいて、認知的な内容を最小限にするようなものになったり、思春期や成人のためのプログラムが、興味をそそらない作業や訓練を中心にするものになったりするだろう。そのようなプログラムは効果的でなく、恵まれない人々のために標準以下の教育を提供するという、アメリカの恥ずべきパターンのくりかえしになる。

母親が赤ちゃんをどのように誉めるかを観察すれば、その子が五年後に物事に挑戦する意欲をどれほど持っているかを予想できる

押しの強い子どもは、周囲の大人がつくりだすものだ。(中略)幼い子供がいる家族について調査したところ、上位中流階級の子供は周囲の大人たちから権利意識についてくりかえし伝えられていた。大人たちは子供の能力を育てるためにどんなことでもするし、あなたは特別な存在だと言い聞かせる。彼らは子供の言語の発達を促進する。すると、子供は言語スキルを使って自分の好き嫌いを表明する。

じつを言えば、貧困層の子供を救うための「秘訣」は、成功している公立学校の多くの周囲にある中流階級のコミュニティに目をやれば、全国どこだろうとごくあたりまえに見られる光景に隠されている。そうしたコミュニティでは、親が毎晩眠る前に幼い子供に好きな本を読んでやる。黒板の文字が見えなければ、親は子供に眼鏡を買ってやる。今晩は食事にありつけるだろうかとか、学校帰りに銃で撃たれないかなどと心配する必要はめったにない。