移ろいの風景論

移ろいの風景論―五感・ことば・天気

移ろいの風景論―五感・ことば・天気

著者が日本語を使うことにとてつもなくこだわりを持ってることがわかって
そのこと自体にはすごく好感を持てたけど、やっぱり読みにくかった。


視覚だけじゃなくて、触覚とか聴覚とか嗅覚とかも
景観認識に大きな影響を与えてるんだよ、という話。


あと、季節の移り変わりとか時間による変化とかは
一般的に景観認識を取り扱う時には考慮されないけど
こういう要素の影響こそ考えないといけないんじゃないの、っていう話。

われわれ日本人は、そうした自然の音に対してデリケートであった。が、しかし、現今では、春に鶯の音を聴き、夏の川辺で柳の揺らぎを聴き、秋草に虫の音を聴き、冬空に時雨を聴くといった景観鑑賞上の行為はかげりをみせている。

涼しさは瞬間の感覚である。持続すれば寒さに変ってしまう。…我々日本人のいわゆる『涼しさ』はどうも日本の特産物ではないかという気がする。支那のやうな大陸にも『涼』の字はあるが、にほんの『すずしさ』と同じものかどうか疑わしい。…風鈴の音の涼しさも、一つには風鈴が風に従って鳴る自由さからくる。あれが機械仕掛けでメトロノームのようにきちょうめんに鳴るのではちっとも涼しくはないであろう。