やっと読み終わったぁ

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

最後から抜粋。

杉本鉞子はアメリカ在住中に夫に死なれ、二人の娘を連れて日本へ帰った。しかし彼女はやがてアメリカへ戻らねばならなかった。というのは長女の花野の上に現れた変化に心打たれたからだった。


「はたして花野はほんとうに幸福になれるのであろうか。ちょっとも哀しそうには見えないけれど、すっかり変わってしまいました。眼はもの柔らかになりましたが、昔のように輝いてはおりませず、口許はやや下がって、晴れやかな快活な話しぶりは消え、もの静かに和らいできました。これが上品な、しとやかなというものでございましょうか。左様に違いありません。けれども、私の一声に答えて、飛び上がってくるすばやさはどこへ行ったのでございましょう。見たい、聞きたい、したいのあの愉快さ、熱心さはどこへ行ったのでございましょう。生活の一切に興味をそそられて、元気一杯だった、あのアメリカ生まれの娘の姿はどこへ行ったのでございましょう」


これはたんなる女子のしつけ方の相違ではあるまい。鉞子の家が上流であったために、伝統的な婦徳が花野という少女に求められたというだけでもあるまい。これはこの少女の魂に育ちかけた個の世界が、環境の変化によって窒息させられたということだろう。〜〜〜強烈な表情を獲得することがしあわせだったか、確乎たる個の自覚を抱くことがそれほどよいことであったか、現代のわれわれはそのように問うこともできる。花野のエピソードは無限の物思いにわれわれを誘う。しかし、人類史の必然というものはある。古きよき文明はかくしてその命数を終えねばならなかった。